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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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草生津河原刑罰場跡

                                秋田県殉教地

数多のキリシタンが処刑された場所


1600年代に数多くのキリシタンが殉教した場所。

草生津河原刑罰場は秋田を治めた久保田藩の刑罰場で、キリスト教を信じたことで死罪にあたるとされたキリシタン信徒たちが、ここで火焙りや斬首に処されました。現在は石油掘削プラントとホームセンター、川辺の公園となっています。


草生津河原刑罰場跡

草生津河原刑罰場跡


久保田藩でのキリシタン処刑は1616年が最初の記録で、当初は1人2人という小規模なものでした。

大量処刑が行われるようになったのは1624年からで、その頃から信徒の処刑に草生津河原刑罰場が使われるようになったとみられます。

城下の羅く丁牢に入れられていたキリシタンたちは、そこから引き出されて上肴町、茶町、大工町と人目に晒されながら引き回された上、この刑場に到着しました。

ここでの殉教

  • 1624年7月18日、羅く丁牢にいた42人の内、転ばない32人が火焙り、または斬首に処されました。
  • 1624年7月26日、久保田城下で捕まった25人と院内銀山で捕縛された25人の計50人が火焙りにされました。
  • 1624年8月4日、仙北地方の寺沢の信徒14人が処刑されました。
  • 1624年8月16日、トマス清助ら4人が斬首されました。
  • 1624年8月18日、シモン浪右衛門ら4人が斬首されました。


草生津河原刑罰場跡
草生津河原刑罰場跡
草生津河原刑罰場跡
草生津河原刑罰場跡
草生津河原周辺地図
草生津河原周辺地図
草生津河原刑罰場跡
草生津河原刑罰場跡
石油掘削機模型
石油掘削機模型
八橋油田
八橋油田
草生津河原刑罰場跡
草生津河原刑罰場跡

ホームセンター



 
現地への行き方
国際石油開発帝石株式会社八橋(やばせ)プラントの住所は秋田市八橋大道東2-1です。


この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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